歩く事で人は哲学者になる!
だから、
ゆっくり・長く・遠くまで・時間を掛けて歩く必要が有ると思います。
では、
なぜ、そこに行きたい(到達したい)と思う(思った)のでしょうか?
なぜ、やり遂げたいと思うのでしょうか?
心の原動力は何ですか?
原動力(発願)は何処から生まれて来ましたか?
なぜ、綺麗と感じる風景は、人が生活出来ない様な場所が多いのでしょうか?
なぜ、人々は共通の「綺麗・美しいと感じる」観念を持っているのでしょうか?
この共通性は何時・何処で芽生えたのでしょうか?
だけど、
長椅子の対面式座席の電車に乗った時、試して観て下さい。
前に座っている人を端から順番に見て行って
心の中で
理由を考えずに〇か✖を付けてみて下さい。
ある程度の人数が試せた時、
〇か✖の判定に指向性が有る事に気付くと思います。!
なぜ、どこから個人的な指向性が産まれて来たのでしょうか?
こんな事を考えていると
人は「白紙」で生まれて来たのでは無く
人は生まれながらにして有る種の共通性や指向性や思考の選択条件を
持って生まれて来ていると考える様になって来ました。
細胞の中に埋め込まれた物や家族として生活する中で芽生えた
遺伝も在ると思います。
先日TVで魯山人の番組をやっていました。
その中で魯山人が言いました。
「美しさを持っている人は強い!」
私が山を登って来て得た答えと同じだった!!
高校から登山を始め
大学時代に色んな本を読み・先輩に引きずられる様に雪山・岩登りを始めました。
その時から
こんな危険な事をして・・・・と思う反面
自分の中には
「薄い霧に包まれた岩と雪の雪稜の世界で頂上を目指しピッケルを振っている姿」
が映像として出来上がっていたと思います。
このイメージ映像が「美しさ」なんでしょうか!
20代後半からトライアスロンも初めて
フルトライアスロン完走を目指して必死で頑張りました。
その頃はどれだけの練習をしたら、
どれだけの結果が出せるのかが分からなかったので分からなかったので
結構必死で練習しました。
そんな生活を3年位やっていたら、頭の中に段々イメージ映像が出来て来ました。
「当時3歳位の息子を片腕に抱いてゴールテープを切る姿」
が映像として出来上がっていたと思います。
このイメージ映像が「美しさ」なんでしょうか!
仲間と登ったマッキンリーも一年半ほど皆でトレーニングしました。
思いつきで無く
皆で真面目にトレーニングをした登山なので
山頂では感激の涙が出て来たのを覚えています。
この、心の一致イメージ映像が「美しさ」なんでしょうか!