2026年5月31日日曜日

キス釣り

 みちのく潮風トレイルにもルアーロッドを持って行きましたが
歩く事に専念すると竿を振る時間は殆ど持てませんでした。
おまけに、
トレイルの4月中は風の強い日が多く
竿出ししたくても釣りに成らない場面ばかりでした。
そこで釣り具を宮古のホテルから自宅に送り返してしまいました。
そんな感じで
釣りに関して欲求不満な日々が続いたので
今日はやっとキス釣り出来て大満足の日に成りました。
釣りをしていると野良猫君が現れて来て
一匹が「とっても、とっても悩まし声」でオネダリして来ます。
もし、この猫が
人間のお姉ちゃんだったら世間の男はイチコロに成ってしまう様な声です。
もう一匹は後ろに構えて糸を引いている感じです。
この声を耳にしても餌をあげない私は「鬼」なのでしょうか?
なんとか、
明日は晩御飯に「キス天」が出来る位釣れました。
満足!満足!!です。

2026年5月30日土曜日

みちのく潮風トレイル(4):地震

 歩き旅を進めて行くと
日々、2011.3.11の震災遺構に遭遇して行きます。
その被害は八戸 鮫駅を出発し南下するに従い大きくなって行く様に感じました。
被害は、
リアス海岸部分が終わり、川沿いの平野が多く成り出すと一気に増加します。

東北地域の震災の記録は
869:平安時代
1611:江戸時代 初期
1793:江戸時代 中期
1856:江戸時代 末期
1896:明治
1933:昭和
1996:ペルー沖地震による5.5mの津波 
2001:ペルー沖地震による津波は40㎝程度だった
2011:平成(東日本大震災)

何故か、発生周期が短くなっている気がしませんか?
私感ですが
3.11で大きな被害が出ている場所では
津波は来る物だと分かっては居ます。
その基準を
1996:ペルー沖地震による5.5mの津波 
に設定して都市計画が成されている感じを強く受けました。
町は平地にコンパクトに作った方が安上がりです。
「昨日も今日も大丈夫だったから明日も明後日も大丈夫だ!」
と言う、勝手な安全バイアスが常識化して行ったのでしょうか?
原発誘致や工場進出の経済効果は自治体をも刺激し、
そのバイアスに拍車を掛けているのでは無いでしょうか!

三河地区での津波被害の歴史はどうだったでしょうか?
AIで調べて見ました。
1498:明応地震 太平洋側8m 湾内3-4m
1539-40頃:豊川下降で津波被害
1707:宝永地震 太平洋側8m 湾内3-4m 吉田城崩壊
地震の50日後富士山が16日間噴火
1854:太平洋側10m 湾内3-4m
1891:濃尾地震
1944:昭和東南海地震
1945:三河地震(直下型地震)

東北地方とは年代が違うので別の地震の様です。
その当時は堤防などの不備は在りましたが家屋の流失も有ったそうです。

今三河地方に、 
太平洋側10m 湾内3-4mの津波が来たらどうなるか想像すると
伊良湖岬や江比間や三河湾奥の埋め立て地辺りは水没するでしょうね!
今からでも遅くないので高堤防や避難タワーを作ったらどうでしょうか!
私は
逃げる時間は地震発生後15分位だと勝手に思っています。
30分後には安全地帯に居る必要が有ります。
携帯やTVで津波情報を調べていたら間に合いません。
さてその時、あなたは、私は、
何を捨てて、何を選んで、どう行動するでしょうね???

2026年5月29日金曜日

みちのく潮風トレイル(3):記録3/3

 みちのく潮風トレイルの後半の見所は
南三陸 → 牡鹿半島 → 金華山等の島巡り → 松島の島巡り → 多賀城の遺跡
日本一低い山 →名取トレイルセンタ
だろうか?

私は、船旅には縁が薄い様で・・・・
気仙沼の観光船は観光客不足でお休み
金華山には行けたけど、トレイルコースを全部歩くには船のチャーターが必要なので
山頂までの往復のみにしました。
翌日、牡鹿半島の島めぐりは強風で中止。歩いて奥松島に行きました。
トレイルコースに従い奥松島から島へ渡ろうと思ったら
定期便は有りませんと言われました。
そこで、松島まで歩いて塩竃までの観光船には乗りました。
後半戦は、毎日3.11の地震・津波遺構を見ました。
今迄思っていた内容を遥かに超えた出来事だったんだ!!
と実感しましたよ!!

今回は、地震と津波の後遺症で
これ以上海岸沿いを歩きたく無くなってしまい帰宅する事にしましたが
次は、
潮風トレイルの終点から、200km程の福島 浜街道トレイルを歩いてみようかな!



2026年5月28日木曜日

モグラ穴潰し

 約40日間、畑を放置したら1m近くに成長した雑草がいっぱい生い茂り
大雑把にでも草整理して旅の前に植えたナス・ピーマン・甘唐辛子等を
草から発掘するのに3日程掛かってしまいました。
草整理が一段落して
にんにくを収穫したんですが
その大きさに個体差が有る事を確認しました。
そこで
土を確認すると
小さい個体の下に空洞が有るのを発見
「モグラ穴だ!!」
きっと、この穴に根はりが阻害されてしまった様です。
取り合えず
モグラ君には悪いですが、植穴に棒を突き刺して
「モグラ穴潰し」をさせて頂きました。
けっこう沢山モグラ穴が在りましたよ!

みちのく潮風トレイル(2):記録2/3

スタート地点の 八戸 鮫駅→宮古まではIさんとの2人旅でした。
それぞれがマイテントを持って一緒に歩きました。
全体と通して、
この間の海岸線がリアスの断崖美がスケールも有り
最も綺麗で迫力が在ったと思います。

宮古では、源義経の北行伝説が繋がっていて、
昨年の北海道の山旅で出会った義経伝説と繋がった感が有りました。

Iさんと別れて一人旅になった重茂漁港でのテント泊夕食に震度5の地震発生し、
崖からガラガラと落石音が聞こえ、津波警報も発令され港では繰り返し避難放送され、
食べ掛けの御飯はほかり、
サックに寝袋と貴重品だけ入れてテントは放棄して高台に逃げました。
そんな中、
ある漁師が猛スピードで入って来て
港に係留していた漁船を解いて沖に出て行ったのにはびっくりしました。
しばらく高台で待機してから出入口が閉じた高堤防の階段を登り越えて
2km先の直販所の軒下で仮眠していたら直販所の人が避難所に連れて行ってくれました。
夜11時に成って津波警報が注意報になったので
片道2.2km離れたテント場まで歩いて行きテントを回収して避難所まで戻りました。
道中、数頭の鹿・テン・猫・犬にも会いました。
大変な一夜でした。

その後、
大船渡(震度3&津波避難)・大谷鉱山(震度3)・四方山(震度5)でテント泊中に3回
地震に遭遇しました。
毎日、歩く先々で3.11の津波遺構を見ながら歩いていると
ちょっと地震恐怖症になったかな!!!

テント泊をする場所に付いても
鹿は近くで良く見ます。
結構民家に近い場所でも「熊出没 注意」の看板が有り
熊恐怖症にもなったかな!!!


2026年5月26日火曜日

みちのく潮風トレイル(1):記録1/3

 4/8から「みちのく潮風トレイル」を歩いて来ました。
旅から帰宅して、
旅記録のまとめや家庭菜園のお世話も落ち着いて来ましたので
ブログも再開しようと思います。
先ずは、
旅の記録紹介です。

「みちのく潮風トレイル」は青森 八戸から福島 相馬間の
国道45号線を中心軸としてリアス海岸と半島と背景の山を歩く
約1000kmのトレイルです。
今日は、その1/3部分から紹介します。


2026年4月6日月曜日

出発準備

 数年前からJRの最寄り駅は駅員不在の無人駅になってしまいました。
なので
早朝移動の時は少し離れていますが駅員が常駐する
飯田線 豊川駅まで出かけて数日後に使う切符を購入しています。
今日も出かけて来ました。
すると
新学期の始まり前で、学生の通学定期購入の長蛇の列に大当たり!
交通整理している駅員に「切符買いに来たんだけど!」と事情を話すと
ちょっとは早く処理して頂き助かりました。
それでも結構な待ちでした。
暖かくなって人も動き出しましたね!!!