2026年5月30日土曜日

みちのく潮風トレイル(4):地震

 歩き旅を進めて行くと
日々、2011.3.11の震災遺構に遭遇して行きます。
その被害は八戸 鮫駅を出発し南下するに従い大きくなって行く様に感じました。
被害は、
リアス海岸部分が終わり、川沿いの平野が多く成り出すと一気に増加します。

東北地域の震災の記録は
869:平安時代
1611:江戸時代 初期
1793:江戸時代 中期
1856:江戸時代 末期
1896:明治
1933:昭和
1996:ペルー沖地震による5.5mの津波 
2001:ペルー沖地震による津波は40㎝程度だった
2011:平成(東日本大震災)

何故か、発生周期が短くなっている気がしませんか?
私感ですが
3.11で大きな被害が出ている場所では
津波は来る物だと分かっては居ます。
その基準を
1996:ペルー沖地震による5.5mの津波 
に設定して都市計画が成されている感じを強く受けました。
町は平地にコンパクトに作った方が安上がりです。
「昨日も今日も大丈夫だったから明日も明後日も大丈夫だ!」
と言う、勝手な安全バイアスが常識化して行ったのでしょうか?
原発誘致や工場進出の経済効果は自治体をも刺激し、
そのバイアスに拍車を掛けているのでは無いでしょうか!

三河地区での津波被害の歴史はどうだったでしょうか?
AIで調べて見ました。
1498:明応地震 太平洋側8m 湾内3-4m
1539-40頃:豊川下降で津波被害
1707:宝永地震 太平洋側8m 湾内3-4m 吉田城崩壊
地震の50日後富士山が16日間噴火
1854:太平洋側10m 湾内3-4m
1891:濃尾地震
1944:昭和東南海地震
1945:三河地震(直下型地震)

東北地方とは年代が違うので別の地震の様です。
その当時は堤防などの不備は在りましたが家屋の流失も有ったそうです。

今三河地方に、 
太平洋側10m 湾内3-4mの津波が来たらどうなるか想像すると
伊良湖岬や江比間や三河湾奥の埋め立て地辺りは水没するでしょうね!
今からでも遅くないので高堤防や避難タワーを作ったらどうでしょうか!
私は
逃げる時間は地震発生後15分位だと勝手に思っています。
30分後には安全地帯に居る必要が有ります。
携帯やTVで津波情報を調べていたら間に合いません。
さてその時、あなたは、私は、
何を捨てて、何を選んで、どう行動するでしょうね???

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