歩く事は、哲学の世界に繋がっているかもしれない。
京都には「哲学の道」と言う散歩道もある。
ただ、ただ、歩いているだけなんだが「頭が何も考えていない!」時は無いです。
危険な登山中の時は、その場面に集中しているので
頭の中は「頭が何も考えていない!」に近いかもしてない。
トレイルの場合はそれほど危険は無いので、頭の中は色んな場面に飛び火が出来る。
私は中学生自分から、サイクリングなどの単調な持久力活動をして来ましたが
若い時は、この単調さに対抗するかの様に
頭の中はに思考は無く「同じ音楽」が繰り返し流れていた様に思いますが、
歳を取るに従い、「音楽」は流れなくなって来ました。
むしろ「同じ様な思考問答の繰り返し」が多くなった様に思います。
さあ、皆さんはどうですか??
私の勝手な理解ですが禅で言う「無心」とは
「同じ様な思考問答の繰り返し」を解放して「全ての思考問答を留めず垂れ流す」事かな?
・・・難しいな!!!
登山をする人間は何処かで「強さ」を探している。
そこで、歩きながら「強さ」に付いて考えてみた。
1.山で、一人で野宿出来ない人は多いのは何故?
2.暗い所に弱いのは何故
3.家族・会社・地域など他人との関わりを断ち切れないのは何故
マーケット直販のニンニク味噌田楽
4.見た目は悪いが食べれば美味しい。一瞬、躊躇してしまうのは何故。
ドンコ や ホヤ はグロテスクだけど美味しいよ!
5.「人を思えば山恋し! 山を思えば人恋し!」
山好きと言いながら、山に行くと直ぐ帰りたくなるのは何故。
6.海にはジョーズが居て、襲われちゃうと思うのは何故
世の中には強い人は沢山いますが
何か一つが駄目で「総合力」が低下して何も出来なくなってしまう人も多い。
生き方の選択は
1.出来ない事はそのままにして、出来る事に特化する
2.出来ない事を少なくして「総合力」を上げる
3.そんな事は無視してマイペースに終始する
方法は3種類かな!
0 件のコメント:
コメントを投稿