2025年12月12日金曜日

RST(りせっと)例会の前に

 RST例会(金山駅前で雑談飲み会)の前にちょっと散歩して来ました。
名鉄本笠寺駅から歩いて10分の桜台高校の裏手です。
約30数年前には南区 新瑞橋近くに7年程住んでいましたが
直ぐ近くでも
此処には着た事が有りませんでした。
まずは
きんさん、ぎんさんの桜見学して
隣の戦時中の高射砲台跡を見て
それからここは、
弥生時代には戦も有った様で
堀で囲まれた住居跡(見晴台古墳)も在った様です。

ここには高射砲2台も在ったので
空襲の時、一機のB29を落としたそうです。
しかし、
日本が敗戦したと同時にそのB29の残骸を土に埋めて
米軍に分からない様にする為に
土に埋める様な事をしたらしいです???
近くに
笠寺観音も在ります
私は観音様より
抱き地蔵の方が心に残りました
癒しを求める方は一度、
このお地蔵さんを抱きに行ってみたらどうでしょうか!!

2025年12月10日水曜日

田原 赤羽根港

 今日は北西の季節風も弱く成る様な天気予報だったので
田原の赤羽根港に行って見ました。
予定は
小アジのサビキかカサゴの穴釣りだったんですが
行ってびっくり
堤防に進入禁止のバリケードが設置されています。
工事の様子も無く
理由書きも有りません。
バリケードの手前に釣り人は何人かいましたが
風も強いし釣れている気配も無かったので撤退しました。
伊良湖港も含め
釣りの出来なくなった港が増えて
本当に残念です!!
帰路
越戸の突堤でカサゴの穴釣りしてみましたが
小カサゴとムラソイが3匹釣れて本日の釣行終了です!

2025年12月6日土曜日

映画:ペリリュー

 映画ぺリリューを見て来ました。
負ける戦争は悲惨過ぎてアニメでないと表現出来ないかな!
と感じました。

負け戦ながら生き抜いた日本兵達
最初の分岐点は
分岐1:「玉砕する」か「生きて応援を待つ」か?
分岐2:どう生きるか?
分岐3:今まで信じて来た「美学(生き方)」をどう変えるか?

しかし、初めに戻ってもう一度考えると
今まで信じて来た「美学(生き方)」を始めに誰が植え付けたのだろうか?
どうして、
それを受け入れてしまったのだろうか?
第一に
「家族を守る事!!!」国に依って守られなくなった事が動機としては大きいのだろうか?
これに近い脅迫思想は今の社会にも多く在る様に思います。
「鬼畜米英。アメリカ人に家族が辱めを受け殺される!」
「会社を首になったら」⇒「家族が守れない」
「神様(教団)の言う事を聞か掛ければ」⇒「神の国(楽園・天国・極楽)に行けない」
           「誰かに罰が当たる」「ハルマゲドン・最後の審判・地獄」
もう一つには
これらの脅迫観念を自身が生きる美学にすり替えて行ってしまった事だろう。
特に人間は社会的動物なので大きく集団心理を重視してしまうと思います。
「家族を守る」
「お殿様(会社)の為に奉公する」
「神様に奉仕する」
「カッコイイ死に方の美学」
「誓った事・約束した事を守る」

それに輪を掛ける様に
マスコミが煽り、見栄を張ってしまう。

まあ
先人の教えを知って
負の脅し思想は排除して
常に開き直れる心意気が必要な様ですね!

映画の中で
ぺリリューで生き残った人達は
アメリカキャンプから大量の食料や武器を盗んだ様ですが
アメリカ軍は知っていたのか、分からなかったのか、管理放棄??

2025年12月5日金曜日

車中泊仕様に改造

 今年は
7ー8月に北海道300名山ツアー(22座 50日間)
10月は東北 太平洋側300名山ツアー(16座 25日間)
の長期車中泊旅をして来ました。
車中泊はお布団も積んで予約も不要でカーテン張ったら個室が完成して
北海道・東北は気候も良く気ままな旅は楽しかったです!!

その時の荷物は
プラケースと段ボールに詰めて、
プラケースの上にベニヤ板を敷いて机としました。
これからも、そのスタイルでやれない事も無いですが、
間に合わせ的で貧乏臭いので
もう少し
スッキリ・さわやか・オシャレにしたいと考えて収納棚をDIYしてみました。

考慮したポイント
1.2lの水ペットボトル3本が倒れない事・水汲みじょうご・ホース収納(左端)
2.買いだめ食料・酒の収納(左から2番目)
3.鍋・フライパン・ガスヘッド・ガスボンベ・各種調味料・キッチンペーパー
お玉・フライ返し・ウェットシート・洗剤・箸・コップ・食器類 収納
4.パソコン
5.座椅子・小テーブル 収納
6.車は揺れるので荷物が棚から飛び出さない事
  隙間を少なくした柵とゴムバンド設置
7.棚自体が転倒・飛び出しが無いさ事
底面に滑り止めテープ設置
8.棚上面をテーブルとして使いたい
棚:幅1400*400mm 高さ418mmになってしまったので30mm位高かったかな?
9.LEDランプテープ+モバイルバッテリーを使って明るい車内照明設置
ダイソーの1mと2mのLEDランプテープをカーテンレール上に貼りました。

2025年12月4日木曜日

東北ミステリー(16):ツアー終了の帰り道

 10月30日
日本300名山東北 太平洋側ツアー(16座)を終了の帰り道です。
帰り道の道草で、三戸の偕楽園と幕末史研究・鹿島神宮・銚子の岬・海ホタル
を考えていましたが早速、三戸を行き過ぎてしまいパスとしました。
途中、サッカーの鹿島スタジアムの横を通過して
何の予備知識も無く鹿島神宮到着
現在ある神社の中で、最古に属する神社で
伊勢の伊勢神宮より古いそうです。
ご神体は天照大神の直属の部下で東方制定の命で派遣された武人でした。
ちなみに
「神宮」と名前が付くのは天照大神系の最高ランクの神社のみだそうです。
神宮の中にある不思議な要石(岩)です。
見た目は直径10㎝ほどですが
三戸黄門様が7日7晩 掘り続けても全貌を見る事は出来なかったそうです、
私見ですが
花崗岩の様に見えるので
海底の地中でマグマが固まった物が隆起して来た物でしょうか??
千葉は元来、隆起地層の様で
チバニアン(地球磁場の反転地層)も有り千葉も面白い所が多い気がします!
神宮の森
人が大きく手を掛けなければ
こんな生き生きとした森が出来るのだろうか??
日本の山は植林だらけ!!
人も地球や宇宙に対して「分を弁える」事を考えないと駄目ですよね!
一番大事なのは「SDGs」では無く「分を弁える」事ですよ!!
パワースポットと呼ばれる所に来ると何時も思うのですが、
ここがパワースポットになったのは
1、最初に作った人が第六感の様なもので何かを感じたから?
2、適当な場所に作ったのだが人が集まることでパワースポットになった?
3、ここに在る、何かを封印・予防する為にパワースポットになった?
4、何かの力を借りてご利益を誘導する為にパワースポットになった?
5.君主様が居なく成っても神様になって君臨しているぞ!
と言う政治的脅し・プロパガンダ・現世感の帳消し!!!

古事記の誕生は西暦712年作
今年は皇紀2685年しか経っていない歴史の浅さです。
日本には一万年以上前から人類が社会生活をしていた歴史の中に
古事記の様な歴史が有ると思いますよ!

銚子の灯台

銚子名物(さんが焼き)魚ミンチを揚げ焼きした物
海ホタルから富士山も見えました。
明日はマイホームです。

2025年12月2日火曜日

浜松 七福の餃子

 浜松 JR高塚と浜松の中間位置にある「七福」に行って来ました。
数年前に店の名前は変わりましたが味はそのままです。
ここは昼 11:30~15:00(日月は休み)の昼営業ですが
開店時間に行くとほぼ30~60分待ちで
売り切れ御免の店なので14時には閉店してしまいます。
メニューは餃子中心でサブメニューはメンチカツの二種類のみ。

今回は
金曜日の13時半頃の到着で、待ち時間無しでセーフでした。
浜松には私好みの美味しい餃子屋は数軒ありますが
ここは
程よくニンニクが効いて、生地厚で、ちょっと大きめ
私の好みに一番近いかな!
っと思っています。
今回は15個の定食を注文しました。
わざわざ豊川から来る甲斐ありです!!
次は
メンチカツも美味しそうです。

2025年12月1日月曜日

東北ミステリー(15):大鍾乳洞は石灰岩は海の底

 10月28日
安達太良山は高村幸太郎の智恵子抄の山なので
少しロマンチックに期待しましたが
楽して登ろうと思ったロープウェイは運休だし
頑張って登った山頂はガスガス強風に霧氷付でした。
10月29日
大滝根山
山頂は自衛隊のレーダードームと神社が設置されています。
ここだけ見ていると
これが何で日本300名山なんだろうと疑問で一杯になってしまいます???

大滝根山で今回の東北300名山ツアーは終了しました。
ここからはゆっくり帰路に着きます。
まずは
大滝根山の隣にある大鍾乳洞(あぶくま洞)見学です。
駐車場は行き成り石灰岩の大岩壁でした。
写真が悪くてすいません!
この鍾乳洞は、かなり良い感じの見る価値有りの迫力ある鍾乳洞でした。
次は
いわき市の博物館見学
大滝根山を海に下るといわき市です。

これは日本産ではありませんが
近くでも色々な化石が出る様です。
いわき市周辺は昭和の中期まで石炭の産地でした。
博物館の人形はリアルですよ!

大岩壁の石灰岩は大昔のサンゴの様な微生物作った物。
それが岩になり
数えきれない程に地震が起こり、断層が出来、噴火し、
その都度都度に
隆起して山や岩盤が出来、山が出来る。
酸性の雨が降って鍾乳洞となる。
出来た山に風が辺り雨が降る、雪が降る
寒くなれば凍り付き、水は膨張して氷となり岩を砕き砂を作る。
砂は運ばれながら微生物と混ざり土となる。
その時
出来た木々が発生して大木となり
その自体には木々を分解できる微生物が居なかったので
長時間そのままの形で残った所、

数えきれない程に
地震が起こり、断層が出来、噴火し、津波に呑まれ
雨が降り、風が吹き、雪が降り、崖が崩れ
その都度都度に
徐々に地中に埋もれて行った。
そして圧力が加わった所で
今の石炭が出来た。

人は燃える石を見つけて使い始めたが
次の
燃える液体と燃える空気を見つけたので燃える石は徐々に使われなくなって行った。
次の次は
放射線を放つ黄色い石を見つけた・・・・・

決して
「ちちんぷいぷい」と
泥を捏ねて
杖を振ったら出来る事では有りません!!



2025年11月29日土曜日

東北ミステリー(14):磐梯山大爆発

10月25日
 一切経山の後、西吾妻山に移動
大着登山に徹して、ロープウェイからリフト3機乗り継いで最短距離を目指します。
残念ながら山頂に近づくに従いガスガス小雨天気になり
おまけに山頂は樹林の中でした。
ロープウェイ乗り場で玉コンニャクを食べましたが
三河人には醤油味より味噌味が合っている気がしました!
吾妻山下山後、次の目標の磐梯山に向かいました。
でも
翌日も雨予報なので登山は中止して観光気分。
翌日は雨天気で終日観光
磐梯山噴火記念館(3D映画館)
野口英世記念館
ガラスの館
時代の流れ

1867年 大政奉還
1868年 戊辰戦争(会津 白虎隊 敗戦)
1876年 野口英世誕生
1888年 磐梯山 大爆発し高度差600m の山体が裏磐梯側に吹き飛び
裏磐梯の河川に多くの堰き止め湖が出来た
野口英世宅は磐梯山の表側だったので助かった様です。
1893年 一切経山 噴火し福島市側に火砕流発生

一切経山・吾妻山・磐梯山・安達太良山は其々近くの山域で
上記以外でも
細かな火山活動や火山灰を引き金とした水害・土砂崩れが起こっていた様です。

明治時代に住んでいた人々は
色々な天変地異と政治不安・戦争・虐殺・デマ情報・宗教の乱立を
目の当たりにして
この世の終わりを悟ったのではないでしょうか!!!

この辺りもソースかつ丼が名物の様です。

10月27日
磐梯山山頂は立つ事がやっとのガスガス強風でした。



2025年11月28日金曜日

熊野古道 :和歌山県観光連盟

 来年の何処かで熊野古道を歩こうかと考えています。
紀伊半島には多くの巡礼路が有って
熊野古道も大きく5ルート
小辺路
中辺路
大辺路
伊勢路
紀伊路

他にも
修験道の奥駆道
高野山参詣道
などが在ります。

過去に、
小辺路・伊勢路・奥駆道・高野山参詣道の一部は歩いています。
そして次のロングトレール計画の為、
(公社)和歌山県観光連盟のHPを見ていたら
地図や押印帳を無償で送ってくれる事を発見!!
HPから応募申請したら送ってくれました。
「和歌山県観光連盟さん、ありがとうございました。」
結構しっかりした資料で助かりまーす!!!

東北ミステリー(13):登山口の熊

10月24日 
蔵王と登った後、宮城県を卒業して福島県に入りました。
昨日の夕方、一切経山の登山口駐車場に到着し、
夜はトイレに近いレストハウス前で車中泊しました。
ここは
車は100台以上駐車出来、天文台・レストハウス・キッチンカー・公衆トイレも在り
駐車料金¥500の大きな駐車場です。
朝起きて数台横で車中泊していた方に聞きました。
昨夜10時頃、
ここに熊が来て1時間位ゴミ箱をあさって居たそうです。
私はその時、熟睡中で全く気づきませんでした。
この正面で数メートルの所で車中泊していました。
変な時間にトイレに起きなくて良かったですよ!!

私は悪運には強い様です。
山奥に住む熊より人里に近い熊君は要注意ですね!
運が良いと山頂から「魔女の瞳」と呼ばれる池が見えるそうです。
この日は下界は雲の中でした。
カメラマンが下手くそなので伝わり難いですが
一切経山の麓の池の景色はめっちゃ! 綺麗でしたよ!!
この池は「魔女の瞳」では無いです。

2025年11月26日水曜日

東北ミステリー(12):山の神仏と蔵王山

 泉ヶ岳の翌日は一日、仙台観光をしました。
先ずは、仙台城
地底博物館
瑞鳳殿
博物館

瑞鳳殿(伊達家の墓)
仙台城址
博物館
見所はまだまだあって心残りでしたが
翌日の蔵王登山の為に
宮城県側登山口の蔵王町に移動しました。

10月23日
積雪は無かったですが
スカイライン終点の刈田岳駐車場は朝日が霧氷に輝いていました。
刈田岳から刈田岳山頂の神社を望みます。
刈田岳下の噴火口
蔵王山 山頂神社
日本人にとって
山の山頂に神社と言う風景は見慣れた風景です。
なぜ仏様が居ないのでしょうか?
峠道には馬頭観音やお地蔵様や神社は在ります、
なぜ滝には不動明王が多いのでしょうか?

スイスのマッターホルン山頂には
人が登頂する前には悪魔が住んでいました。
しかし今は、
悪魔が住んでいると言う人は居ません。
偶像崇拝を嫌うキリスト教でも
スイス側山頂にはキリスト像、
イタリヤ側山頂には十字架が在ります。
フランス シャモニのグレポンの岩峰にはマリヤ像が在ります。
ヒマラヤの山々には
像は在りませんが山の名前自体が神々の名前が付いた場所が多いです。
何が違うのでしょうか???
何が変わったのでしょうか???
人々は山に何を感じているのでしょうか???
人々はどんな世界感をイメージしているのでしょうか???

2025年11月25日火曜日

東北ミステリー(11):山鳴りの音

 焼石山 →自然 災害観光地→ 船形山 と登って泉ヶ岳に移動して来ました。
船形山の登山口が余りにも山奥で道も悪く、
登山口の名前はキャンプ場ながら悲惨な状態を見て来たら
船形山の隣山の泉ヶ岳も怪しい所かな???
と疑心暗鬼になっていたら大間違いでした。
地理的には仙台の裏山的存在で
登山口に広い清潔なトイレ付無料駐車場とスキー場が在り、
小学校の遠足隊も来る所でした。
スキー場のゲレンデ脇を登って泉ヶ岳山頂へ来ました。
山頂の景色は今一歩ですが神道的祠や山では珍しい仏教的石碑があります。
ここから船形山までは一日で歩ける程度で縦走可能な山容です。
昨日、
船形山を下山する時にも、この稜線の間から聞こえたのですが
私の感じた感覚ですが
風音が
海の波音の様にリズムが有り
時々、発破音の様な
冬の荒波が岩に当たって砕ける様にうねり、
目を閉じると
山では無く荒波の海に来た様に聞こえます。

こんな風音は初めての体験です。
暫らく聞いていましたが風音の原因は分かりませんでした。
誰か、音の出どころを教えて下さい!!
山頂から少し下ると海まで見える景色の良い広場に出ます。
仙台方向への水源なんでしょうか?
どこか
人々の信仰を集める様な気配を感じる山でした。
泉ヶ岳登山後に仙台に向かいましたが
都会で車中泊場所を探すのは難しいですね。
少し郊外にある道の駅まで行く事になってしまいました。

2025年11月24日月曜日

東北ミステリー(10):災害の爪痕

 五葉山を下山後、栗駒山に向かいました。
普段ならマイカーで登山口駐車場まで行けるのですが
紅葉の一時期だけ、一段下の駐車場からシャトルバス利用と成りました。
この時、この駐車場で車中泊しましたが
翌日聞いた情報では、ここの少し下の駐車場で熊が出たとの事でした。
車中泊も熊注意みたいですね!
栗駒山の人出も紅葉も綺麗でした。
翌日は、ガスと強風の中、焼石山登山しました。
ここも前夜泊 登山口で車中泊しましたが熊が出そう!
夜のおしっこはビクビク!!

焼石岳登山後、船形山登山口に向けて移動しました。
この辺りは活火山地帯で噴火・地震・水害が近年でも多く発生している様です。
写真が無くてすいません!
この災害現場が
ジオパークになったり、落ちた橋がそのまま残っていたりで
災害現場状況が観光資源しなっているのも初めての経験でした。

暗くなって登山口での前夜泊の為に移動しましたが
地道の林道に入った途端
私の車の前を猪の親子が数匹走って行きました。
この先、細い林道が10km以上続くので、
この瞬間「登山口は危ない!!」と直感して
Uターンして20km戻り道の駅泊にしました。

翌日、登山口に行ってみると道は狭いし凸凹道で凄い山奥で
昨日のUターンが正解だったと実感しました。
船形山山頂