2025年12月6日土曜日

映画:ペリリュー

 映画ぺリリューを見て来ました。
負ける戦争は悲惨過ぎてアニメでないと表現出来ないかな!
と感じました。

負け戦ながら生き抜いた日本兵達
最初の分岐点は
分岐1:「玉砕する」か「生きて応援を待つ」か?
分岐2:どう生きるか?
分岐3:今まで信じて来た「美学(生き方)」をどう変えるか?

しかし、初めに戻ってもう一度考えると
今まで信じて来た「美学(生き方)」を始めに誰が植え付けたのだろうか?
どうして、
それを受け入れてしまったのだろうか?
第一に
「家族を守る事!!!」国に依って守られなくなった事が動機としては大きいのだろうか?
これに近い脅迫思想は今の社会にも多く在る様に思います。
「鬼畜米英。アメリカ人に家族が辱めを受け殺される!」
「会社を首になったら」⇒「家族が守れない」
「神様(教団)の言う事を聞か掛ければ」⇒「神の国(楽園・天国・極楽)に行けない」
           「誰かに罰が当たる」「ハルマゲドン・最後の審判・地獄」
もう一つには
これらの脅迫観念を自身が生きる美学にすり替えて行ってしまった事だろう。
特に人間は社会的動物なので大きく集団心理を重視してしまうと思います。
「家族を守る」
「お殿様(会社)の為に奉公する」
「神様に奉仕する」
「カッコイイ死に方の美学」
「誓った事・約束した事を守る」

それに輪を掛ける様に
マスコミが煽り、見栄を張ってしまう。

まあ
先人の教えを知って
負の脅し思想は排除して
常に開き直れる心意気が必要な様ですね!

映画の中で
ぺリリューで生き残った人達は
アメリカキャンプから大量の食料や武器を盗んだ様ですが
アメリカ軍は知っていたのか、分からなかったのか、管理放棄??

0 件のコメント:

コメントを投稿