10月の東北ツアーの最後に鹿島神宮に依って来ました。
その時に難じた疑問は
(疑問1)
鹿島神宮のご神体は伊勢神宮のご神体の天照大神の部下(武の神)なのだが
鹿島神宮の方が先に出来ている。
また
(疑問2)
鹿島神宮に比較的近い場所に
同じく部下の香取神宮が在る。
(疑問3)
「神宮」の名前は天照大神系の由緒ある名前なんです。
(疑問4)
伊勢神宮は初め奈良にあったのですが
熊野古道 伊勢路の道中に在る
伊勢から紀伊長島方向数十キロの位置に移転(瀧原宮)したのだが
そこでは駄目で
今の伊勢に移転して来た経緯が在ります。
約1300年前の話しで、移転には40年の旅と時間が必要だったようです。
ロマンスも在りですかね?中央構造線は奈良にも通っているが線が細い。
紀伊長島の北では外れているが、今の伊勢神宮の位置はドンピシャに成りました。
縄文人か弥生人は何らかの方法で中央構造線を知っていて
鹿島神宮
香取神宮
諏訪神社
伊勢神宮
を中央構造線上に載せた様に配置しているんです。
地震・噴火・津波など地のエネルギーの封印の為でしょうか??
災害は一時の物として
地図で見ると構造線上は
山は崩れ・川が流れ人の道や生活圏として成立いる場所も多いのも事実です。
ちなみに
三河の一宮 砥鹿神社 ご神体は天照大神
も中央構造線上なんです。
これだけ揃うのは偶然とは思えないです。
だから
私は天皇様を拝めとは言っていません。
だから、明治神宮で初詣をする事は無いでしょう。
ただ、
昔の人は何を知って、何を感じていたかを知りたいだけです!!!
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