見所はまだまだあって心残りでしたが
翌日の蔵王登山の為に
宮城県側登山口の蔵王町に移動しました。
10月23日
積雪は無かったですが
スカイライン終点の刈田岳駐車場は朝日が霧氷に輝いていました。
刈田岳から刈田岳山頂の神社を望みます。
刈田岳下の噴火口
蔵王山 山頂神社
日本人にとって
山の山頂に神社と言う風景は見慣れた風景です。
なぜ仏様が居ないのでしょうか?
峠道には馬頭観音やお地蔵様や神社は在ります、
なぜ滝には不動明王が多いのでしょうか?
スイスのマッターホルン山頂には
人が登頂する前には悪魔が住んでいました。
しかし今は、
悪魔が住んでいると言う人は居ません。
偶像崇拝を嫌うキリスト教でも
スイス側山頂にはキリスト像、
イタリヤ側山頂には十字架が在ります。
フランス シャモニのグレポンの岩峰にはマリヤ像が在ります。
ヒマラヤの山々には
像は在りませんが山の名前自体が神々の名前が付いた場所が多いです。
何が違うのでしょうか???
何が変わったのでしょうか???
人々は山に何を感じているのでしょうか???
人々はどんな世界感をイメージしているのでしょうか???
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